2011年03月12日

布川の花祭り



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データ

名 称:布川の花祭り

祭礼日:毎年3月の第1土曜〜翌日

場 所:布川集会所 
      (愛知県北設楽郡東栄町布川)

問合せ:0536-76-1812 
      (東栄町村役場経済課)

H P:東栄町役場 花祭り
http://www.town.toei.aichi.jp/04_kanko/hanamatsuri.html






概要

奥三河に伝わる花祭りは全国に数ある民俗芸能の中でも、特別な印象とともに語られる芸能である。それは、柳田国男に師事した民俗芸能研究者である早川孝太郎がその大著『花祭』(現在は講談社学術文庫で入手可能)によって紹介したということもあるが、それを抜いても非常に様々な要素を含んだ魅力的な芸能であることは確かだ。

 奥三河地方、天竜川流域に伝わる花祭りは、伊勢流の湯立神楽、霜月神楽に分類されるが、修験道や浄土思想などの影響もみられる。広く天竜川流域の各地区で伝承されており、現在でも東栄町と豊根村を中心に十数か所で花祭りが行われている。今回は、このなかの東栄町布川の花祭りに行ってきた。早い地区は11月に開催するが、布川の花祭りの開催時期は3月と遅いのが特徴だ。

 花祭りは、花宿となった家で湯を囲み、一晩中、舞い続ける芸能だ。かつては新築の民家で行っていたようだが、今は集会所などで行われることが一般化している。祭りの前には、滝祓い、高根祭り、辻固め、神入りなどの神事を行い、今宵の祭りに全国津々浦々の神々を花宿に迎える準備をしていく。そして舞が始まる。ばちの舞、順の舞、市の舞、地固め…。途中で一力花の舞がはさまって、子どもたちによる花の舞。夕方から始まった祭りは、もう深夜の日付が変わる頃である。そして、鬼の登場。山見鬼、三ツ舞、そして榊鬼。明け方も近い午前三時すぎ、榊鬼の登場を持って祭りは最高潮を迎える。花祭りは「寒い、眠い、煙い」祭りだと言われるのはまさにこの所以だ。翁、四つ舞、湯囃子、茂吉鬼、獅子、そしてしずめの舞。花祭りは、最後に呼んだ神々を返す神事によって終わるのである。



取材記

「民俗芸能を研究しているなら、花祭りは観ておいたほうがいい」と勧められることが多く、以前から気になっていた。幸いにして民俗芸能学会で知り合ったKさんに「今度、布川の花祭りに行くけど、いっしょに行く?」と声をかけてもらい、機会を得た。東京から中央道を通り、飯田を経由して奥三河へ。布川は、花祭りの中では3月のはじめという一番遅い時期の開催だということだったが、道中標高が高いところはまだ雪が積もっており、日当たりが悪い下道はまだチェーンが必要なくらいだった。それでも車で4時間もかからずに布川にたどりついた。まわりは民家がほとんどない林にかこまれた山道。こんなところに本当に人が集まってくるのかという場所だったが、車道から少し下ったところに、天王八王神社と布川の集会所があった。二軒の出店も夜のまつりに向けて準備中で、集会所脇の空き地には焚き火の用意がしてあり、人もまばらに集まっている。わくわくしながら神社の階段を下り、木造の古びた集会所に入ると、パッと世界が変わる。五色の紙に彩られた湯蓋に一力花が天井にところ狭しと飾られ、そのまわりを切り紙が囲む。中心にはかまどがつくられ、大きな釜が据えられている。四方の木の壁には紙のはがし後が何重にもついており、脇のほうに「一金何千円也 何野某」と書かれた半紙が貼られている。奥には太鼓があり、半纏や紋付を羽織った人びとが奥で何やら準備をしている。どうやら、ちょうど滝祓いに行くところらしい。わけもわからずついていく。どうやら紋付を着ている人はこの祭りの司祭者である花太夫のようだ。半纏を着ている人々は祭事の奉仕者であるみょうど。花太夫とみょうど数名がスタスタと、私が今来た道を引き返し、少し歩いた先にある小さな滝まで歩いていく。その後ろを十数名のカメラマンや民俗学系の学生たちがぞろぞろとついていく。私もその一群に混じってついていった。滝祓いでは、湯立に使う水を汲む。さきほどの釜で湯をわかし、そのまわりで舞うのだ。遠くからなのでよくはわからなかったが、供物を備え、儀式を行ってから水を汲んでいたようだ。次いで神社脇の小高い場所で高根祭りを執り行う。御幣を四方および中央に祀り、供物を備え、呪文を唱え、印を結ぶ。花祭りは神事・神楽ではあるが、印を結ぶのはまさしく修験道の影響だ。その後、集会所脇で同様に辻固めを行い、花宿の外で行う神事はひと段落。

 集会所に集まる人も徐々に増えてくる。Kさんは布川に限らずよく花祭りに足を運んでおり、知合いが多い。また直接の知りあいでなくても、愛知周辺の祭りに通っている人やカメラマンたちの顔を覚えている。ここまでのアクセスの悪さを考えると少し不思議な感じだ。地元の人びとの他に、研究者、祭り好き、そしてカメラマンが集うのが、観光客があまりこないアクセスの悪い地方の祭りの実態といったところだろう。

 花祭りは、特に事前に断ることもなく、当日いけば無料で観ることができるわけだが、数千円のご祝儀を渡すと漏れなくお弁当と記念品がついてくる。今回は、カップ酒、稲荷寿司に、花祭りのパンフとハガキ、そして鬼面がプリントされた湯のみがもらえた。さらにの「一金何千円也 何野某」と半紙に書かれ、花宿の壁に貼られる。良い記念にもなるので花祭りを訪れた際はぜひ渡そう。


 神事は花宿の神座へと移る。願帳や五色の御幣のようなものを神棚へとあげ、うたぐらと呼ばれる文句を口にしながら印を結びつつ、粛々と進められていく。これらの神事はほとんど花太夫の一人舞台。後で花太夫さんに話を伺ったところ、「花祭りは神事に始まり、神事に終わる」とのことで、外の人間はついつい派手な舞に目がいってしまうが、それらはすべて神事あればこそとのことだった。神を迎え入れる神事を行って、にぎやかではなやかな舞が一晩中舞われ、そして神を返す神事で締めくくる、というのが花祭りなのだ。

 湯立の釜に火が入り、花太夫が印を結ぶ。煮立ってくると水蒸気で湯蓋が揺れ、神が来たことを告げる。そして花太夫がばちの舞をはじめる。今宵の舞を囃す太鼓のばちをまず清めるのだ。次に、みょうど三人で舞う順の舞がはじまる。この頃になると、花宿に人があつまってきて人垣をつくり、舞人を囃したてる。神座に太鼓、土間の中央に釜、舞人はその間で主に舞い、時に釜のまわりを移動しつつ舞いつづけるわけだが、その舞台が明確に線引きされているわけではない。時に観客が「真面目に踊れ」「鬼はまだか」「そんな舞じゃだめだ」などと野次を飛ばす。花祭りは「悪態祭り」とも呼ばれ、この騒がしい観客とも祭りの盛り上げ役ともとれる「せいと衆」が重要な役割を果たす。一晩中舞い続ける花祭りだが、せいと衆たちはそれを静粛になど聴いていない。野次をとばし、うたぐらを唄い、時には勢い勇んで舞人に混じって舞っている。せいと衆は、地元の人びとや他の地区の花祭りを担う人々であるのに対して、「花狂い」と呼ばれる、花祭りに魅せられ、毎年のように通い続ける常連の観客がいる。さらにその外側に一般の観客やカメラマンたちが舞庭を囲んでいる。夜になると一般の観客がどっと増えた。最近は花祭り全体で世界文化遺産への登録にむかって盛りあげようと、東栄町や愛知県を巻き込んで観光ツアーも企画しており、この日も花祭りのラッピングバス二台が乗り付けていた。またカメラマンも数多くいるのだが、撮影用にフラッシュらライトをガンガン浴びせることもしばしば。地元としては花祭りを盛りあげたいという想いはありつつも、始めてくる一般の観客とどう付き合っていくかも課題となるところである。

 夜も更けてきたころに子どもたちによる花の舞が始まる。華やか衣裳をまとった小学校くらいの子どもたちによる舞。かつて花の舞を舞ったかと思われるせいと衆の兄ちゃんが舞人の前にでてきて勢い良く舞っていたのが印象的だった。さて、日付が変わり花祭りも盛り上がってくるといよいよ鬼の登場である。最初は山見鬼。お伴に小鬼たちを連れて出てくる。三ツ舞をはさんで、ついに榊鬼の登場。巨大な面をつけ、背中に榊をさした榊鬼は、花祭りの象徴的な存在であり、なおかつ一番人気の鬼だ。

 せいと衆や花狂いたちが鬼はまだかまだかと今日一番の声をあげて囃したてる。そして、鬼が出てくると鬼たちとともに舞い、笑い、叫ぶ。「てほへ、てほへ」というのが花祭りの囃子文句だが、花祭りを一度観たらもう耳について離れなくなるほどに、せいと衆たちが叫ぶのだ。そしてもう明け方も近いこのころになると私の意識も怪しくなってきて、夢うつつの際で榊鬼に出会ったような気もしてくる。夜が明け、威勢よい四ツ舞が若者四人で舞われ、翁もひょこひょこやってくる。そして、湯ばやし。花祭りのクライマックスだ。湯たぶさを持った若者四人が煮立つ釜の周りをぐるぐる回りながら舞っていき、いっせいに中の湯をまわりにかけだす。慣れたカメラマンは湯ばやしになるとレインコートやカメラカバーを取り出してこの湯の襲撃に備える。もっとも湯にかかるのは縁起がよいことなのでせいと衆や花狂いたちはもう進んで湯にかかりにいくわけだが。

 そして、湯ばやしが終わり、びしょぬれになった舞庭に藁が敷かれる。この時におそらく小学校に入る前の5、6歳の子が扮するミニマムサイズの鬼が出てきた。小さいながらもステップはしっかりしていて、これはかなり将来有望な小鬼だった。そして朝鬼とも呼ばれる緑の茂吉鬼が出てきて、その持つ槌で湯蓋の中に吊るした蜂の巣と呼ばれる袋を落とす。次いで、獅子が出てきて舞は終わる。その後、花太夫がしずめの面をつけて、印を結びつつ反閇を踏んでなかなか帰らない神たちを追い返していく。この後もげどう祓いやげどうがりなどの神を返す儀式を行って花祭りは終わる。

 今回は布川に行ったが、他の地区も面白い。プロ和太鼓グループの「志多ら」が深く関わる東薗目。東京の東久留米市で花祭りを行っている東京花祭りと関係を持ち、自前でもNPOを組織している御園など現代的展開も盛んだ。伝統とともに現在を生きる花祭りをぜひ一度体感してほしい。(西嶋)


posted by 西嶋一泰 at 21:10 | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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